ムーンライズ・キングダム ◆ Moonrise Kingdom [いんぷれっしょん]
独特の空気・世界観でオリジナルの作風を確立し、私たちの心を捕らえて放さないウェス・アンダーソン監督が送り出した新作は、小さな島に暮らす思春期前の少年少女が、駆け落ち騒動を起こすという天外なストーリー。 70年代「小さな恋のメロディ」や「リトル・ロマンス」なんかを思い出すが、かつて使われたテーマを、アンダーソンオリジナル魔法のスパイスで料理したらどうなるのだろうか? それは、期待を裏切らない、いや想像以上に素敵な作品に仕上がっていた。
冒頭からアンダーソンワールドが大爆破する。といってもご存じのように何かエキセントリックな演出が施されるのではなく、もしかしたら身近にありそうな情景や舞台設定を、数十センチメートルないしは数メートルの距離感を持った視線で描く。トイカメラで撮影したような、ちょっと現実感から遊離したような映像。時代設定が60年代ということもあり、時の流れが21世紀の今とはまるで異なる速度感。固定カメラを多用した映像から流れ来る、何とも言えないチープ感。唐突に始まる「青少年のための管弦楽入門」が作品の序曲のように響くあたりでは、観客はもうすっかりマジックの虜になっている。
駆け落ち騒ぎを起こす少年と少女があるきっかけで出逢い、文通(死語?w)を重ねるなかで心を通わせ、恋心を育むといった流れは、前述の70年代作品だったら、とっても健全で、中高生の女子の目をハートにするようなのが王道だったろうが、そうならないところも魅力のひとつ。二人とも周囲と少し異質、いわゆる浮いた問題児的存在であり、パーソナリティーを突き詰めて行けば、違った方向の社会派作品になりそうなもんだが、そのあたりの表現を敢えて抑揚無く描くことで、顕著化させずにおくあたりもニクイ。
物語の前半は、二人の逃避行をメインに据えたロードムービーの趣き。 恋心を秘めた二人が、互いの内面をちょっとずつ見せ合いながら冒険の旅に臨む風景は甘酸っぱさ120%。先住民が通ったという道を踏み分け、たどり着いた目的地、おとぎ話の舞台のような小さな入り江のキャンプで明かす一夜には、数々の修羅場を経験し、男女の駆け引きに慣れきった大人の胸も、キュンキュン鳴ることは間違いなし。
後半は、あえなく失敗に終った二人の駆け落ちを、仲間のスカウト達が中心になり、結婚という形に実らせてやろうという正に「メロディー」のような展開。、歴史に残る巨大ハリケーンの接近という自然の驚異を、ストーリーの盛り上げに使うのはいつか見た風景なんだが、そこにもどこか間抜けでユーモラスなスタンスを崩さないところが、ウェスワールドたる所以。嵐のさなか、教会の塔上での冗談みたいなシチュエーションでの感動的(!)しめくくりには、喝采を送りたくなる。
半世紀以上も生きていると、およそ世の中の裏表を知りつくし、駆け引きに明け暮れ、打算と利害が行動の基準、ともすると人を見たら泥棒と思うべしなんていうねじ曲がった視点で日々を過ごすことが多くなってしまいがちだ。 そもそも、愛という感情だって、最新の科学によれば、ヒトが進化の過程で獲得し最適化してきた、子孫を残すための合理的仕組みのひとつであるなんて、味も素っ気もない事実を知ってしまうと、巷に溢れるラブストーリーの中で、男女がくっついたり離れたり、もつれたりほぐれたり、時に三角や四角になたりなんて話にも、結局最後はツーパターンしか無いんでしょと、ほぼ冷めた目線しか送れなくなってくるのものだ。ましてや、子供が主人公のファンタジーなんて、まったくお呼びじゃない・・・はずだったのに、 94分の上映時間を経た後、想像以上にとても暖かな、なめらかな、柔らかいものに包まれたような気持ちになれたのがとても嬉しい。アンダーソンワールド素敵過ぎますよ。
主役の二人に振り回される大人達に多くの名優を配しながら、彼らが普段演ずる役側とはいささか違うキャラとしてセットされ、それぞれが主張を抑え、作品の世界に同化しているのも見所。ブルース・ウィリスが田舎警官、エドワード・ノートンが頼りないボーイスカウト隊長、ビル・マーレイとフランシス・マクドーマンドが倦怠期夫婦。 ティルダ・スウィントンだけは、はまり役四角四面の福祉官等々。その中で特にブルース、最高だよあんた!
何かを深く考えさせられるとか、明確な主張とか、誰もが納得できる見せ場があるとか、そういったタイプの作品ではない。だけど、既に大人になって久しい人だって、全員が少年や少女だった。そんなかつて通った昔の路と、記憶に焼き付いた風景とを呼び覚まし、できるならもう一度触れてみたいと思わせる世界がそこにある。 日々の暮らしに疲れ、心がささくれ気味の大人にも自信を持ってオススメしたい、上半期ランキング上位入り間違い無しといたしましょう。
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