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ルート・アイリッシュ ◆ ROUTE IRISH [いんぷれっしょん]

Route-Irish-01.jpg

 この映画を知るための基礎的なキーワード。PMSCs(民間軍事会社)とコントラクター、CPA(連合国暫定当局)指令第17号。是非ご自身で検索していただきたい。

本作は、私達が今まで知っていた戦争のイメージとは異なり、戦場イラクにおいて、2003年5月大規模戦闘終結宣言後急速に進んだ戦争民営化の実態が描かれる。 民間人のほとんどが知らない、戦争請負いビジネスの実態への批判と、さらには、それら危険な仕事でしか生きられない労働者階級の現実をも明らかにしている。 その監督はケン・ローチ、英国の筋金入り社会派監督だ。

親友で幼馴染の英国人ファーガスとフランキー。腕利きの兵士だった二人は、高額の報酬を目的にイラクで活動する民間軍事会社に傭兵として赴く。先に帰国したファーガスの元に届く、フランキーからの不可解なメッセージ。やがて変わり果てた 姿で帰ってきた親友の姿と、遅れて届いた携帯電話に残った映像。それらから、尋常ではない何かを感じ取ったファーガスは、その死に隠された秘密を探り始める。 やがて、ファーガスがたどり着いた親友の死の理由と、彼なりの復讐劇の開始。そこにはニュースからは決して流れてこない、現代の戦争にまつわる闇があっ た。

ここ何年かの間に、イラク戦争をモチーフにした作品は何作か作られてきた。戦場の実態を描いたもの、帰還兵を取り巻く苦悩、息子を失った父親像等々が。 しかし、本作は私が今まで知らなかった全く別の視点で、この戦争を振り返る。正規軍が僅かしか送られない中、代替として多くの民間軍事会社によって投入された二万人超とも言われる民間兵。軍事会社と、現場の兵士達が何を行ってきたかという事実の一部が作品のテーマだ。

利益の最大化を目的とする企業が請け負う戦争。仕立てのいいスーツに身を包んで欧州高級車に乗り、究極のリアリストとして国家による戦争アウトソーシングの受け皿たる企業のトップ。彼らの企業活動の結果がイラク混迷の元凶であるとすれば、責任の所在は明らかだと思うが、彼らが裁かれることは絶対にあり得ない。復讐を実行し、殺人にまで及んだ法的な犯罪者と、本当の意味での重罪人は一致しないという結論。正義・大儀を持たない軍隊や兵士が、CPA指令第17号の下、爆弾テロにおびえながら行った犯罪的殺戮も裁かれることはない。そして、更に暗鬱になるのは、今や戦場にも市場の論理が働き、誰かがある企業を排除しても、そこにニーズがある以上別の誰かがそれを補う仕組みが出来ていると言うこと。

更には、もはや世界的なテーマとなった、格差社会における労働者階級の問題。高度化した資本主義社会の必然性と影。働いてお金を稼がないと生きていけないという当たり前のルールの中で、労働市場が対価として高額報酬を約束しているのは、言語的知能や、数学的論理的知能に限定されるという現実。グローバル化した労働市場において、成功の果実を手にするのが難しい能力、身体運動的知能を生かす受け皿としての民兵市場。システムそのものに根ざした深い問題ではあるが、現時点で誰も解決策を持ち得ない。

そして、忘れてはならないのが、侵攻された国にこそ最大の悲劇がもたらされるという観点。つまりイラク人こそが最大の被害者だということ。今までの戦争映画が、西欧の目線で描かれたもの多いのは周知のことだが、そういった意味でも明らかに異質であると言えよう。劇中とエンディングで聞かれる、イラク人のミュージシャンが歌う「メソポタミア」の歌。もの悲しいメロディーが、我々が聞くことのないイラク人犠牲者の声のように聞こえた。

 ●baghdad__airport_and_green_zone.jpg写真の右と左、赤線で囲まれた地域を結ぶ太い道が「ルート・アイリッシュ」だそうだ。 この映画のストーリーは、過去数年間にイラクで実際に起きた数多くの事件をベースに組み立てられているという。
実在する軍事会社ブラックウォーター社

●作品の背景を解説した日経ビジネスオンラインの記事。ルート・アイリッシュの語源、イラク戦争と民間軍事会社、それを産んだアメリカの事情などを知ることが出来ます。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20120328/230342/?P=2

 

 2012/05/31 シネマジャック&ベティにて


ケン・ローチ作品 社会派作品多数。アメリカを毛嫌いしていることで有名なので、アカデミー賞とは無縁。

ナビゲーター ある鉄道員の物語 [DVD]     この自由な世界で [DVD] やさしくキスをして [DVD] エリックを探して [DVD] 麦の穂をゆらす風 プレミアム・エディション [DVD]


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コメント 5

asa

当地ではまだ公開されていませんが、ぜひ見たいと思っています。
by asa (2012-06-10 19:00) 

たんたんたぬき

asaさんこんにちは。さすがケン・ローチと思わせるものがありました。是非ご覧になってください。
by たんたんたぬき (2012-06-12 13:56) 

月夜のうずのしゅげ

「麦の穂を揺らす風」は見ましたが、「ルート・アイリッシュ」も見ます。ケン・ローチの他の作品もDVDが出ていれば見たいです。
by 月夜のうずのしゅげ (2012-06-13 09:11) 

たんたんたぬき

月夜のうずのしゅげ さん、コメントありがとうございます。普段私達が意識しない視点に気づかせてくれる作家ですね。

by たんたんたぬき (2012-06-13 12:08) 

shingo

ルート・アイリッシュというから、アイルランド人が関係するのかと思ったらぜんぜん関係ないですね。ケン・ローチというとアイルランドというイメージがあったのですが、イラクの道がなぜアイリッシュとつけられているのか意味が分かりません。
by shingo (2014-07-16 14:45) 

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