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ファミリー・ツリー ◆ The Descendants [いんぷれっしょん]

The Descendants.jpg 演じる度に違った人物像を見せてくれる、現代の名優ジョージ・クルーニー。ハワイを舞台にした最新作では、ほぼ一人芝居といってもいいかもしれない独壇場の演技で、降りかかる難題に翻弄される冴えない中年男像を見せてくれた。

真面目で堅実、仕事人間の弁護士マット・キング(クルーニー)。彼が直面している問題は二つ。美しく奔放な妻エリザベスが、パワーボートの事故で植物状態に陥り、再起が絶望的状態にあること。もう一つは、先祖伝来受け継ぐ広大な土地の扱いについて、「受託者」として近い将来大きな決断を迫られているということ。そしてそこに追い打ちをかけるように明らかになった妻の不倫、更に離婚までを望んでいたという事実。それらを目の前にした彼の狼狽と、途方に暮れ具合、我ら熟年男にとっては痛いほどよく解る。故にこの時点で、これから臨むこの作品を楽しめるであろうことが、半分以上約束されたようなものだ。

 洋の東西を問わず、働き盛りの中年男の多くがそうであるように、この主人公も子育てや家庭で起きる問題ごとには無頓着だった。それが妻に起きたアクシデントのせいで、否応なしに向き合わなければならなくなる。仕事の難題なら、どのようにも立ち向かって行ける筈の男が、こと家族の問題になると、てんで頼りなくて情けない。

 親元から離れ、寄宿学校に通う長女アレックスは、いかにもといった感じで今どきの奔放な女の子らしく登場する。しかし、父の苦悩を前に、偶然知ってしまった母親の不倫の秘密を告げることで、父娘が不思議な連帯感を共有し、それまで反抗的だった娘は心を溶かし始める。それは、父親が我が娘を、一人の大人として認め頼ることで、互いが尊敬し合う関係に再構築されるからだ。

 妻であり、娘にはとっては母でもある人の不倫相手を探す旅。そしてなぜか行動を共にする、長女のボーイフレンド。風変わりな一行は、いくつかの困難や現実問題に遭遇しながら、関係がだんだん熟成されていく。子供っぽかった若者達は意外な成長を見せ、頼りなかった父親は、包容力を纏ってくる。そして、遂に目的を遂げるとき、そこには別の家族がいて、新たにもう一つのドラマが生まれる。

 順風満帆、自分の思い描いたとおりの人生を送れる人は、世の中にどれくらいいるのだろうか? 他人が羨むような成功を手にし、何の苦しみや悩みも無いように見える人の中にも、実は僅かなつまずきや迷いで、それを失うことも有り得るだろう。この物語の主人公マットとて同じで、自分がイメージしていた成功物語が、実は危ういバランスの上にぎりぎりで立っている、かりそめだということを思い知り、自分と家族を見つめ直す、新たな視線を見つけるというのがこの物語のテーマであるなら、それは多くの人々の生き様にオーバーラップするだろう。

 進化生物学上の頂点に立つ人間ではあっても、虫眼鏡で見てみるなら、それは小さな単位である家族の集まりであり、種としての繁栄とは別の未熟さを、それぞれが抱えていることにもあらためて気づく。逆に、そんな未熟さを抱えつつ、親から子へ、子から孫へと生命の環を繋ぎ、支え合い補い合いながら、互いを慈しんでいくことの大切さをも、再確認するのだ。

 エンディング近く、マットが先祖の肖像写真を前に、もう一つの決断をするシーンが静かに描かれる。自分が今ここにいる必然性。アイデンティティの拠り所としての血族の絆を象徴している。原題「The Descendants」は、子孫、・末裔という意味だ。そして、邦題「ファミリー・ツリー」は、土地に根を張り生命を繋いでいく家族を象徴しているのだろう。なかなか良いタイトルだ。

 そして、父と娘らが、エンドシークエンスで見せる何とも暖かいやりとりと、大写しにされるタイトル文字は、爽やかな余韻となって心に染み渡る。明るく美しいハワイの映像と、柔らかなハワイアン音楽と絡めて、どこにでも起きそうな家族の事件を、ほのかなユーモアを絡めて描いた本作から得られる教訓は、すべての人種や国境をも越える普遍性を持つだろう。

 最後に、実に個人的なこととリンクさせるのだが、この作品を見ている最中に、ずっと長いこと心に引っかかっていた自分自身の未解決問題を解く回答の糸口を見つけることができた。 堂々めぐりを繰り返し、抜け出せずにいた迷路の先に見た小さな灯り。映画作品が人生を変えるなんてことが、自分自身に起きるとは思ってもいなかったけれど、それが起きた。嬉しい驚きだ。だから、作品への評価とは別の次元で、一生忘れられないだろうと言うことを、つけ加えておきたい。


 2012/05/31 TOHOシネマズ海老名にて


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月夜のうずのしゅげ

強力にすすめる人がいなくて、時間があいていたので何となく見た映画でした。個人的ですが、最近見た劇場映画では、一番手ごたえが感じられました。
by 月夜のうずのしゅげ (2012-06-05 20:21) 

青山実花

>自分がイメージしていた成功物語が、
>実は危ういバランスの上にぎりぎりで立っている

全くその通りですね。
私もここ数年でそれを痛感した一人です。

by 青山実花 (2012-06-05 23:30) 

たんたんたぬき

月夜のうずのしゅげ さんコメントありがとうございました。決して感動大作ではないですが、じんとする良い作品でしたね。私が見たとき、やはり周りは熟年層のお客が多かったような気がしました。
by たんたんたぬき (2012-06-06 09:43) 

たんたんたぬき

青山実花さん、ご自身のご経験と重ねられたなら、受け止め方、感動もひとしおだったことでしょう。
by たんたんたぬき (2012-06-06 09:44) 

asa

身につまされる思いで見ました。ジョージ・クルーニーは、はまり役でしたね。
by asa (2012-06-17 17:36) 

たんたんたぬき

asaさん、いつもありがとうございます。クルーニー最近はコミカルな役柄も多いですね。
by たんたんたぬき (2012-06-23 13:31) 

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