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灼熱の魂 ◆ Incendies [いんぷれっしょん]

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超重量級のドラマです。これからご覧になる方は心してスクリーンに向かってください。

本国カナダでのアカデミー賞に当たるジニー賞で8部門を受賞し、米国アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされたという作品。それは、現代平和日本に暮らす私達には想像さえし得ない過酷な人生を送った、ある女性の半生と、その子供達の出生の秘密を描いた驚きの物語だった。それはまるでギリシャ悲劇のように・・。

物語の主人公である、不可解な死を遂げた母ナワル・マルワンが、双子の姉弟ジャンヌとシモンに残した謎の遺言。それは二人が存在さえ知らなかった兄と、死んだと思われていた、まだ見ぬ父へ宛てた手紙を渡してほしいというものだった。母の愛を受けることなく育ったと思いこんでいる弟は拒絶するが、姉娘は母の足跡を辿る謎解きの旅に出る。 ミステリータッチの物語が、その構成によって、母の生まれ育った故郷で起きた惨禍と、巻き込まれ翻弄された女の過酷な半生を明らかにしていくという手法だ。

娘ジャンヌの父親探しの旅にオーバーラップして、やがて見えてくる母の封印された過去、辺境の村に住み、キリスト教徒でありながらイスラムの男を愛し、祝福されない子を産み辿った茨の道。引き離され生き別れになった我が子を探す中、変節し闘士としてテロに身を投じ、暗殺者の道へ。 投獄され過酷な拷問を受けながらも毅然と耐え「歌う女」と称されたナワルの身に起きた悲劇とは・・。答えを求め、もつれた糸をほぐすように、ひとつひとつの謎を明らかにしていく過程は、一瞬たりとも目が離せないが、それは推理ものにあるような謎解きの楽しみなどはかけらもなく、突きつけられることすべてが重く痛い。

母の故郷、特定の国名を明らかにしているわけではないが、中東の歴史を紐解くとそのモデルは透けて見えてくる。 大国の影響下で成立した人工的な国、本来あるべき姿でないまま存続することで歪みが生まれ、周囲の紛争の火の粉を被る形でやがて始まる内戦。宗教対立、難民問題、テロリズム、社会の不寛容など、極東の島国に住む私達には、ニュースネタとしてか実感できない背景描写は、それだけで十分に問題提起として成立している。破壊し尽くされた街、戦火を逃れて逃げまどう人の波、町中で容赦なく撃ち殺される少年達。乾いた砂漠の国々に何時終わるともなく生まれ続けるであろう景色は、ニュース映像よりリアルに迫る。人々の住む市街が主戦場になる内戦は、最も悲惨な戦闘の結果を残すということに、あらためて気づく設定でもある。

しかしながら本作は、反戦プロパガンダ映画としてより、更に一歩も二歩も踏みこんで見せる。内戦のただ中で、子を産む機能を有する女として生きる困難、産み落とした子を育て慈しむことを本能として有する母であることの喜び、そして、その喜びを奪われれて生き続けねばならない悲劇、それらが絡み合ってナワルの動機として描かれる。作品中重要な場面で何度か用いられるプールと水中撮影は、母体内の浮遊感と羊水のメタファーであろう。生命の源、環の中心にいながら、人と人とが、民族と民族とが、宗教と宗教とが争い続ける中で、常に翻弄される女性という存在が、いかなるものかという現実に目を向けざるを得ないのだ。

物語の後半、ジャンヌがたどり着いた「歌う女」の真実。弟が呼ばれ、「父」と「兄」の正体が明らかになる時、そのおそるべき真相の前に、この姉弟と共に私たち観客も、完膚無きまで打ちのめされることになる。 1+1が1 あり得ない数式、その答えを知るとき聞く姉の叫びは、誰もが言葉を失うに違いない。

 遂に手渡される二通の手紙、^明らかになるその内容を聞きながら、物語のはじめに語られた母の死の真相と、手紙に託された、ナワルの女として、母としての心の内を、私達は聴く。一度は憎しみの連鎖に身を置いた闘士が、地獄の火に焼かれながらもたどり着いた高み、これほどに大きな愛と赦しに満ちた言葉を私は知らない。すべてが収れんする見事な結末に打たれ、暫し席を立つことさえ容易では無かった。

双子 ナワル ニハド デレッサ クファリアット アブ・タレク サルワンとジャナーン シャムセディン 8つの章に分かれた構成は、オリジナルが舞台用に書かれた戯曲であり、フィクションだという。 そうだ、こんな悲劇は想像の産物であって欲しい、そう願いながらも、久々に見た最上級のフィクションの力に酔う満足感にも満たされた。 間違いなく今年のベスト候補だ。

2012/03/22 川崎市アートシアターアルテリオ映像館にて


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 ナワルを演じた ルブナ・アザバルが好演。
これも中東の現実を描いた秀作。


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